グラナート・テスタメント・シークエル
第5話「本性垣間〜お呼びでない者達の末路〜」




ビナー・ツァフキエルが辿り着いた部屋では、一人の少女が小さな円盤を操って遊んでいた。
「……あ、どうも、初めまして」
色白の卵形の顔、赤みがかったブロンドと、晴れやかな美貌。
十七歳ぐらいの少女はアルカイックスマイル(彫刻のように芸術的な微笑)を浮かべると、ペコリと頭を下げた。
「あら、御丁寧にどうも……こちらこそ初めましてですわ」
黄金の波打つような髪と瞳を持つ美女、ビナーは、スカートの裾を摘んで、上品に挨拶を返す。
「あたくしは、元ファントム十大天使が一人、ビナー・ツァフキエルと申します……クリフォトの方ですわよね?」
念のための確認といった感じでビナーは尋ねた。
「ええ、アィーアツブス・リシャオース・ リリス・ナカシエルと申します……どうぞお気軽にメアリーとでもお呼びください」
少女、メアリーはビナーにも負けない上品で丁寧な返答をする。
「あら、不思議ですわね。あなたの名前のどこにメアリーなんて名前が入っていますの?」
ビナーは悪戯っぽく微笑んだ。
「おや、気づきましたか?」
メアリーも同じように悪戯っぽい微笑を浮かべる。
「気づいて当たり前ですわ。で、本当は何てお呼びすれば宜しいんですの?」
「先程名乗った四つの名の中から、どうぞ、お好きな名を選んでお呼びください。ちなみにメアリーというのは、悪魔王様とクリフォトのみが口にすることを許される私の愛称……人間だった時の名です」
「あら〜、元人間だったんですの? 悪魔のリリスさん」
「ええ、おかげで生まれと歳ばかりが誇りな馬鹿な悪魔達によく虐められたものですよ」
メアリーは、アルカイックスマイルを常に浮かべていた。
「ああ、居ますわよね、弱いくせにプライドだけ高い方って……そういう方って、生まれの由緒正しさしか誇るものがないのでしょうね」
ビナーは解る解るといった感じでうんうんと頷いてみせる。
ちなみに、メアリーのことをリリスと呼んだのは深い理由はなく、ただ単に他の名前が覚えにくかったり、発音しにくそうだったからだ。
「神族も悪魔も変わりませんね。基本的に……馬鹿ばっか」
シュッ、バシィンといった音と共にメアリーの左手では小さな円盤のような物が解き放たれ、再び掌に戻るという運動を繰り返している。
「その小さな円盤……確かヨーヨーとか言いましたわよね……どっかの世界のどっかの国の玩具……」
「はい、そうです。私はこれを武器に使います。剣とか槍とか斧とか普通の武器は嗜んだこともありませんので……手に馴染んだ玩具の方がまだ頼りになります」
メアリーの左手のヨーヨーが動きを止めた。
「なるほど……では、そろそろ始めません?」
「ええ、いつでもどうぞ」
メアリーは左手に握ったヨーヨーを軽く振りかぶる。
それが、いつでも攻撃に転じれる、彼女にとってベストな戦闘態勢だった。



「……危ういところだったな、お互い……」
顔上半部だけを仮面で隠した青年は、体の『復元』が終了するなり呟いた。
「上段、右袈裟、左袈裟、銅、逆銅、右逆袈裟、左逆袈裟……七方向からの同時の居合い斬りか……上段を僅かに避けて、仮面を両断されないようにするので精一杯だった……いや、わざと見逃してもらえたのかも知れん……」
青年、ホド・ニル・カーラ・ラファエルの本体は『仮面』であり、肉体などただの作り物に過ぎない。
仮面さえ無事なら、所詮、仮初めの器に過ぎない肉体(人形)は何度でも容易く復元できるのだ。
「だああああああっ! あのアマッ! ふざけやがって!」
倒れていた赤毛の大男が、目覚めるなり吼える。
「どうやら、私達は今回お呼びでないようだな……所詮は頭数合わせか……」
ホドの口元に自嘲的な笑みが浮かんだ。
「あいや〜、確かに、ぶっちゃけそうアルが……それにしても、もうちょっとだけ期待していたアルよ」
床にいつのまにか存在していた奇妙な帽子が浮かび上がり、中から銀朱・ツァーカブ・バールが姿を現す。
「まあ、所詮は廃物利用みたいなものアルから……本当にちょっとしか期待していなかったアルが……相手を一人も倒せないどころか、二人まとめて瞬殺とはいくらなんでも雑魚過ぎアルよ」
銀朱は帽子をかぶり直すと、わざとらしく肩をすくめて見せた。
「てめえええっ!」
赤毛の大男、ゲブラー・カマエルはどこからともなく、巨大すぎる赤い両手斧を取り出すと、迷わず銀朱に向かって振り下ろす。
「俺様をコケにし……あああっ!?」
ゲブラーが驚愕の叫びを上げた。
赤い巨斧によって跡形もなく消し飛ばすつもりだった銀朱が……平然と立っているのである。
「なんだそりゃああぁっ!?」
赤い巨斧の先端が全て無くなっていた。
文字通り跡形もなく『灼け溶けて』いるのである。
理解不能な現象に驚愕していたゲブラーの顔面を、銀朱の右手が鷲掴みにした。
「今回はもう逝っていいアルよ。魂に戻って次の機会を待つヨロシイ!」
銀朱の細腕によってゲブラーの巨体が持ち上げられていく。
「熱っ……てめえ、この力……それにその目は……」
ゲブラーの瞳が、顔面を鷲掴みにする指の隙間ごしに、銀朱の赤い瞳と交錯した。
同じ赤い瞳……けれど、ゲブラーの瞳が血の赤なら、銀朱の瞳は炎の赤。
「そうか……てめえは……ああ……があああああああああああああああああああああああ!」
「あはっ、燃えちゃえアル〜♪」
爆発的に大地から噴出した紅蓮の炎が、一瞬でゲブラーを細胞一つ残さず灼き尽くした。



「……ん?」
メアリーは動きを止めると、何もない虚空に視線を向けた。
「余所見をするなど……馬鹿にし過ぎですわ!」
ビナーの右手が金色に輝く。
常人にはまったく認識できない、限りなく光に等しい速さで五つの光輝の槍が解き放たれたのだ。
「別に馬鹿にしているつもりはありません」
「あら?」
メアリーの姿を視界から見失った瞬間、ストリング(ヨーヨーの糸)がビナーの首に巻き付く。
「武器(貴方)は使われてこそ真価を発揮するものですね」
メアリーは、ビナーの背後に跪いていた。
彼女が左手を振り下ろすと、連動するように、ストリングが締まりながら、ビナーを宙へと引き上げる。
「あ……ぐ……ああああああ……」
メアリーの左手から伸びたストリングは、天井のパイプを通して、ビナーの首まで伸びており、ビナーを宙吊りにしていた。
「人間だったら、後はここで糸をピーン!とか揺らすだけで殺れるんですけどね……神族……いえ、神の武器である貴方はそう簡単にはいかない……」
そう言いながら、メアリーはストリングを指でピーン!と弾く。
「うぐぅ!? ああ……」
ビナーが苦しげな呻き声を出した。
「いくら特注のストリング(糸)とは言っても、光輝槍ブリューナクを輪切りにする程の切れ味はありません……」
「ああ……うぅ……ががぁ……」
「無論、貴方は首を吊ったぐらいでは死ねない……でも、それは……」
メアリーがストリングをピンピンと弾く度に、ビナーが呻く。
「首を吊っても苦しくないということではなく、ただ死ねないだけ……つまり……苦しみだけが永遠に続くと言うことです!」
メアリーは一度ストリングを引く力を緩め、ビナーを地上に向かって降下させたかと思うと、再びこれまでになく強く激しく、ストリングを引き寄せた。
ストリングを引き寄せられたビナーは、天井に勢いよく激突する。
そして、天井を破壊しながら、ポールを通過し、メアリーの前方に落下していった。
「さて、首吊り自殺の次は……ダンスといきますか?」
メアリーが左手の指や手首を巧みに動かす度に、メアリーが宙を飛び回り、壁や床に激突し続ける。
「私には貴方の『体』を破壊するだけの力が無い……それこそが貴方にとって……最大の悲劇でしたね」
ビナーを円盤に見立てた、ヨーヨー遊びはまだまだ当分終わりそうになかった。



「……そうか……そういうことか……」
ホドは何かを納得したように呟いた。
「あははっ、危なく魂まで灼き尽くすところだったアルよ〜。危ない危ない……」
危ないとか言いながら、銀朱の声はとても楽しげである。
銀朱が突きだし握りしめていた右手を開くと、掌の上には、黒い水晶が乗っていた。
「魂の回収と保存はメアリーに任せるとして、とりあえず……初期化……」
銀朱はホドに聞き取れない程の小声で最後の言葉を呟くと同時に、黒い水晶を再び強く握り締める。
「……アドラマレク初期化完了……アル」
銀朱が右手を開くと、黒い水晶は手品のように消え去っていた。
「……それが私の仮面にも埋め込まれている……悪魔核(あくまかく)……デヴィルコアか……」
「そのとおりアル。もっとも、あなたの場合、殆ど仮面の修復と維持に力を使ってたアルから……たいして強くなれる恩恵はなかったと思うアルけど……」
「…………」
銀朱の言うとおり、ホドは蘇ってからも、新しい能力を得たり、パワーやスピードなどが飛躍的にアップしたような気もしない。
「……さっきの行為で……完全に確信が持てた……貴様の正体……」
ホドは右手を手刀の形にした。
「あはっ、バレちゃったアルか? もっと劇的タイミングでバラしたかったアルのに……」
「ゲブラーの言葉を借りるのなら……あまり……」
突然、ホドが跳躍する。
「ひとをコケにするな! 八卦螺旋勁(はっけらせんけい)!」
回転する右の手刀が、八本同時に突き出された。
螺旋勁(らせんけい)。
手刀が触れたモノを例外なく空間ごと螺旋(ねじ)切る、ホドの基本にして最大の技だ。
八卦螺旋勁は、その螺旋勁をまるで右手が八本に増えたかのように、超高速で連続で放つ必殺技である。
「あははっ! こっちに来て磨いたのは突きの速さだけアルか?」
「なっ……!?」
銀朱が左掌を突き出すと、超巨大な火球がいきなり出現し、ホドを弾き飛ばした。
「まあ、このくらいの大きさで丁度いいアルかな?」
朱色の火球がその巨大さと、炎の激しさをさらに増していく。
「朱炎集滅(バーミリオンクラスター)!!!」
「Azathoth……混沌黒刃(ブラックエッジ)……解放(オープン)!」
銀朱の左掌から撃ち出された超巨大火球が、ホドを呑み込もうとした瞬間、突然現れた巨大な黒刃が、超巨大火球を斬り捨てた。
斬られた超巨大火球が爆散し、炎と熱が銀朱の視界を覆い隠す。
「アザトース?……今のってまさか……知られざる者……原初の混沌……裏の外から持ってきたと言うアルか!?」
「Nodens……」
「ノーデンス!?」
炎の向こう側から聞こえてきた声……言葉に銀朱が過剰に反応した。
「大いなる深淵の支配者まで……冗談アルよね……?」
炎の障壁が弾け飛び、代わりに、炎の五芒星が宙に描き出される。
「……信じられないアル……なんてモノを持ってくるアルか、あの愚鈍は……」
空間に描かれた燃え上がる五芒星の向こう側に、巨大な銀色の『砲身』があった。
「……深淵銀砲(シルバーブラスター)……解放(オープン)……」
「あは……は……それは反則アルよ……」
シャリト・ハ・シェオルの左手は、巨大な銀色の大砲と化しており、砲口に凄まじい勢いと激しさで銀光が集束されていく。
「……深淵に沈め!」
「……つ、次の私はこうは行かないアルよ! 覚えてろア……ルルゥいやああああああああああああぁぁぁぁっ……!」
燃え上がる五芒星を撃ち抜くようにして解き放たれた爆発的な銀光は、銀朱を一瞬にして跡形も無く消し飛ばした。



「……え? 嘘……殺られちゃったんですか? 本当に……?」
メアリーは信じられないといった表情を浮かべると、ビナーをヨーヨー代わりに振り回していた左手を止めた。
気絶しているビナーがストリングの戒めから解放されるが、メアリーはそんなことには欠片も興味を示さない。
「……予定と違いすぎますよ……何やっているんですか、まったく……」
メアリーはしばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがて呆れたように嘆息した。
「さて、どうしたものでしょう……この場合……カーディナル様をぶつけて時間を稼ぐべきか、それとも最速でさっさと進めるべきか……まあ、どちらにしろ……そこっ!」
メアリーの右手に召還された新しいヨーヨーが、何もない空間に向かって放たれる。
「あ、痛い! う〜、いきなり酷いよ……」
何も無かった、誰も居なかったはずの空間に、巨大な水晶玉に乗った幼い少女が出現した。
少女の周囲には、七個七色の水晶玉が彼女を守るように展開されている。
「姿を消したまま、私を無視してこっそりと先を進もうとした貴方がいけないんですよ、深淵(ダァト)のミーティアさん」
巨大水晶玉に乗ってぷかぷかと浮いているのは、金髪碧眼に赤いワンピースの少女……ミーティア・ハイエンドだった。
「そんなに真面目に門番することないと、ミーティアは思うの」
彼女は自分自身のことを名前で呼ぶ。
「私も命を賭けてまで、この場を死守する気など毛頭ありませんが……一応、天使か吸血鬼より先に、他の者は通すなと言われているもので……」
メアリーは両手にそれぞれ装備したヨーヨーを弄びながら、答えた。
「誰に? ミーティアの良く知っている『男』かな? それとも、ミーティアの良く知っている『女』の方?」
「後者です」
「なるほど……」
名前を挙げず、核心をぼかしたような会話だが、メアリーとミーティアには互いに通じたようである。
「……で、どうするの、ミーティアと戦うの?」
「そうですね……実は今、この先の部屋の主は留守なので、通しても問題ないような気もするのですが……」
「留守!? ミーティア……無駄足?」
「部屋に上がって待っていたらどう……て、それではやっぱり少し拙いでしょうか?」
「まあ、門番の仕事放棄したことにはなるかな……?」
「……そうですね……それでは、とりあえず……」
「とりあえず? とりあえず戦うの?」
「とりあえず、お話でもしながら、誰か帰ってくるか、辿り着くのを待ちませんか……?」
本気とは思えないというより、本気ならふざけすぎてる提案をメアリーは口にした。



「ふん……悪魔を封じ込めた水晶か……二番煎じだな……」
シャリト・ハ・シェオルの右手には黒水晶が、左手にはホドの仮面が乗っていた。
ホドの姿はすでに此処にはない。
深淵の左手こと深淵銀砲(しんえんぎんほう)ノーデンスで銀朱を消滅させた後、混沌の右手こと混沌黒刃(こんとんこくは)アザトースで破片一つ残さず破壊したのだ。
「喰らう?……そんなことができるのか、私の体は……だが、やめておこう、あの女の欠片など食中りしそうだ……」
シャリト・ハ・シェオルが視線を正面に向けると、『外』が見える。
銀光は銀朱を消滅させただけでは収まらず、進行上の全て物質を消し去りながら、城の外まで駆け抜けていったのだ。
「これは……いらん」
シャリト・ハ・シェオルは黒水晶を空に向かって思い切り投げ捨てた。
「さて……後、問題はこれか……」
シャリト・ハ・シェオルは視線を、空の彼方に消えていった黒水晶から、左掌の上のホドの仮面に戻す。
「もはや悪魔核の補助は必要ない……お前は自由だ……さあ、何処へ行きたい、ホド? 我が混沌の中に帰るか、深淵に沈むか……それとも……何にしろ、私にはもう従者などいらぬ……なんなら、私がかぶってやろうか?」
シャリト・ハ・シェオルは悪戯っぽく微笑すると、ホドの仮面を胸の谷間にしまい込んだ。
ドレスにはポケットなどなく、他にしまうところが無いからである。
「……ああ、そうだ、プレゼントしてやればいい……あいつに……あいつ?……ん?…… ああ、返すということになるのか?……ふむ……?」
シャリト・ハ・シェオルは記憶の混乱に悩まされながらも、踵を返し、城の奥へと消えていった。










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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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